令和6年6月4日の西日本新聞から
労働分野の取材を担当していると、勤務先で不当な扱いを受けた社員の声をよく聞く。解雇や賃金不払い、ハラスメントなど事情はさまざま。記事にする際は原則、雇い主にも話を聞く。なぜその対応をしたのか、適切と考えているのか-。取材ノートから会社側の言い分を振り返ってみた。(河野賢治)
「会社が損害を受けた」
仕事を全てオンラインで行う会社の元社員数人が、賃金の不払いに遭った。在職中も辞めた後も請求したが支給されない。退職後は、やがて社長と連絡が取れなくなった。
この会社に取材を申し込んだところ、社長を名乗る人物がオンラインで応じた。先方は顔を映さず、やりとりは音声のみ。元社員5人に不払いがあり、このうち4人には退職後に数カ月遅れで支払ったと話す。
残る1人は在職中、正社員か業務委託契約かで認識が食い違い、やりとりを通して「会社が損害を受けた」として、取材時点で支給を控えていた。別の4人への支払いが遅れたのも、大半がこの1人の味方をしたことなどが理由という。
「働いた分の給料を求めるのは権利で正しいと思うけど、払うべきか悩ましい。会社対個人で損害賠償の訴訟になると、会社が勝っても個人から回収するのは難しいですよね。
損害を回収できないのに給料だけ払うと損だから保留にした」と社長。 労働基準法は雇い主に、賃金の全額を毎月1回以上、期日を定めて支払うよう義務付けている。違法の疑いを指摘すると、「法律の詳しい内容は知らない」「そういう話になるなら取材は終わりにしたい」。
最後は、こう言い放った。「向こう(元社員)の言い分が正しいとは思わないけど、めんどくさいので払いますよ」。約2週間後、残る1人にも給料が振り込まれた。
「ノーワークノーペイ」
上司のセクハラでうつ病を患い、労災認定された福岡市の女性が休職中に解雇された。労基法は仕事で体調を崩した休職者の解雇を禁じる。女性の弁護士が法律違反として会社に撤回を求め、取り消された。
このケースでは、取材を依頼すると約1週間後に社長から電話があった。社長は「女性には休職中も給料を出していたが、休んでから1年が過ぎ、支払い続けるのは難しかった。『ノーワークノーペイ』の原則もありますし」と解雇の理由を説明。女性の労災申請は認められないと予想しており、認定されたことは知らなかったと続ける。
だが、そもそも労基法は、社員が仕事で体調を崩して休職した場合、労災認定がなくても解雇を禁じている。そのことを追及したところ、返答は「そのあたりは明るくなくて、社労士と協議して解雇を決めた」だった。
加害者の男性社員はセクハラ行為がエスカレートし、女性への暴行罪で罰金の略式命令を受けた。社内処分に関して、社長は「本人には反省文というか、なぜ(セクハラが)起きたかなどを記した文書を提出させた」。社内に懲戒規定はなく、一時的に出勤停止とした後に復帰を認めた、と続けた。
その後、女性の弁護士への取材で、会社は以前から就業規則で懲戒規定を定めていたことが明らかになった。
「実名で報じれば法的措置」
福岡県内の会社員数人が、年次有給休暇(年休)を取ると給料を減らされていた。労働組合に入って交渉すると、会社側は「法律違反ではない」と回答した。 社員たちは1週間のうち休みが日曜日だけで、それ以外に全て出勤すると皆勤手当を支給されていた。その皆勤手当が、年休を取るたびに減らされていた。
労基法は雇い主に対し、労働者が年休を取った場合、賃金減額などの不利益な取り扱いをしないようにしなければならない、と記す。会社側は労組に対し、条文の書きぶりや最高裁の判例から、不利益取り扱いの防止は努力義務にとどまると主張していた。
しかし、法の趣旨に反するのは間違いないのでは-。この会社に取材を申し込むと、代理人の弁護士からメールが届いた。弁護士は、法律や判例などの実務書を作成する出版社の資料に記された類似事例を挙げ、そこで違法性が否定されているとして「ご指摘の件が、是正が望ましいという意見があるとしても、労基法違反であるとは考えておりません」と答えた。
さらに、このメールをもって取材対応は終了とし、会社名などを実名で報じて名誉が傷つけられた場合、法的措置を取るとも記していた。
不利益取り扱いの防止は本当に努力義務にとどまるのか、厚生労働省に電話で尋ねると、担当職員は「法律の条文の書きぶりにかかわらず、守らなくていいわけではない」。
記事では会社の対応と、厚労省の見解を紹介した。労組によると、掲載後、会社側は賃上げなどの要求を取り下げることを条件に、年休取得に伴う皆勤手当減額をなくすと伝えてきたという。
【社長は労働法を知らないでは通用しない】
記事中に社労士や弁護士に相談したケースもありましたが、社労士の中には社会保険や労働保険の手続きはできるが、労使関係や労務関係の法律に疎いものもいます。弁護士も労働関係に強い人はごく少数派です。
社長は労働法の基本は知っておくべきですし、加えて社長のイエスマンになるような社労士よりも、社長に苦言を呈することができる私のような社労士をおくことが、実は最大のリスクヘッジに繋がります。
いいづか社労士・FPオフィス
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